ラースと、その彼女

(※ネタバレします。)

すごく良かった。今年最後に見た映画がこれでよかった。今年はいろいろな考え方を持って映画を見たつもりだったんだけれど、それにしても今年の映画運は良かったというか、非常に良い映画ばかり観ました。基本的には邦画ばかり見るのですが、これはどうしても見たくてわざわざ大阪で見に行きました。
あらすじはコミュニケーション下手なラースという気の良い青年が、ある日リアルドール(擬似セックス用に作られた人形)を大真面目に恋人のビアンカだと兄夫婦に紹介するというとんでもストーリー。当然のことながら兄夫婦は「弟の頭が狂った」と大慌てし、精神科医へ連れていったところ、「これはラースが作り出した物語。だから否定するのではなく、一緒に共有してあげることが大切よ」と言われる。そこから小さな田舎町全体がラースと、その彼女を受け入れていく。
ラースは決して異常者ではない。人よりも他人と接することが苦手なだけだった。それでも彼が生きていくためには物語が必要で、それがリアルドールだったというだけ。と書くのは簡単だが、普通の人はそんなラースを好奇の目で見るだろう。しかし、街の人達はラースだけでなくビアンカまでも受け入れ、そしてそんな優しい街の人達や兄夫婦に囲まれている中でラースの心は少しずつ変化していく。
コメディとしてもとてもおもしろく、街の人達がビアンカを人間と同じように接するところはおかしくもあり、あたたかくもある。ビアンカが救急車で運ばれるシーンは映画館の中が笑いで包まれた。ところどころに挟まれるコミュニケーションの難しさと残酷さ。ラースはビアンカという物語を手に入れながらも徐々に元の孤独に苛まれていく。そしてラースは決断する。自分の中でビアンカを消し去ろうとするのだ。ビアンカは病に蝕まれ、余命幾許も無い状態になる。しかし彼女なのだから病気になるはずはない。全てラースが作り出した物語。ビアンカの病気を知った街の人々からたくさんの手紙や花束がラースの自宅の前に届くというシーンはあたたかくて涙がとまらなかった。そして、ビアンカは湖のほとりで死を迎える。それは同時にラースがビアンカという物語を消し去るということだった。たかが人形の死。しかし街ではお葬式がいとなまれ、ビアンカは埋葬された。そこでラースが友人と交わした言葉のすばらしさと希望。ラースは何を思って自分の孤独を受け止めようとしたのか。それを考えると涙。

人と話をすることはとても難しいと自分は思うし、言葉を選び間違えることに恐怖して話せなくなったりもする。その度に落ち込んで、絶望して、また立ち直って、落ち込む。難しいよね、コミュニケーションって。もしボクみたいにそういうことで落ち込んでいる人がいたら、この映画を観てはどうでしょうか。