下書き広場

足早に歩いた二人は“パパ”と別れて10分ほどでバンガローに到着した。

「ただいまー。いいもの持ってきたよー」

サオリが無邪気な声で中に向かって叫んだ。“いいもの”という響きにトウイチは少し疑問を抱いたが特に口には出さなかった。ただ、その横顔を見ながら「自分に危害を加える存在じゃなくて良かった」という妙な安心感を覚えるのだった。

がちゃりと音がして扉が開くと、中から「はっはっはー!」という豪快な笑い声と共に見るからに逞しい女が出てきた。

「どれどれ?何がいいものだって?」

「これだよー!」

と言いながらサオリはクーラーボックスを下ろし中身を披露した。

「こりゃあ立派なイルカだ。よくやったね、サオリ」

「……」

ボックスを開けた途端、噎せ返る様な臭気に襲われ、しかも中身はイルカの黒と血の赤の世界。これを見てよくそんな感想が出てくるなとトウイチは閉口した。しかし、これがあいつ、ミドリの魅力でもあるのだ。その豪快さと素直さは清々しいほどだ。サオリは単純に食料としてしか見ていないが、ミドリはそれがイルカであるということを理解した上で、討ち取ってきたサオリを誉めている。実に大らかだ。緻密な作業が大好きな自分としては、そんなミドリが腹立たしいときもあるし、実に魅力的に感じるときもある。「このばらばらの個性がボク達を繋ぎ合わせている一つの要因になっているのかもな」とトウイチはそんなことを考えていた。最後に「まあ、それはちっぽけな要因だけれど」と小さな声で付け加えて。

「オオシマ君はいる?」

「いるよ。奥で掃除してる。あっ、早速調理してもらうの?」

サオリは「そう!」と満面の笑みでバンガローの中に入っていった。“ボク達”のもう一人のメンバーであるオオシマにイルカを食べられるようにしてもらために。彼は料理が得意だ。料理だけではなくて掃除も洗濯も、お裁縫だって。それは持って生まれた才能ではなくて、彼のその優しい性格によるものだった。人の嫌がることでも進んでやろうとする彼の個性はこのグループの中で、家事という分野で生かされ、そしていつしか彼は最も頼られる存在になっていった。

「うわっ。なにこれ」

トウイチがバンガローの中に入ると、クーラーボックスの中身を見たオオシマが至極当然の疑問を投げかけていた。

「イルカ」

何がおかしいの、とでも言わんばかりの表情でサオリはオオシマを見る。

「はいはい、イルカね。これを食べれるようにすればいいのね。わかりました」

そういう意味の“なにこれ”じゃなかったのに、と思いながらもサオリとの意思伝達を放棄したほうがスムーズに時間が流れることを知っているオオシマは、サオリの足りなかった言葉を自らの頭で補完して返事をする。そして、まずこの物凄い匂いをなんとかしようとイルカを外の水場まで運び、ばしゃばしゃと血を洗い流すのだった。

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「さっきの二人、血の匂いがしたな…」と呟きながらパパは海岸へ向かっていた。朝からスキューバダイビングを楽しんでいたパパは一度休憩しようと荷物をおろしに戻ったところで出会った二人。島に来てから出会ったわけだから、まだたった数日。それも何回かしか言葉を交わしたことが無い彼らだったが、それでも明らかに不自然な様子は気にかかる。「何かを殺したのかな」と呟いて、自分で言いながら恐ろしくなってきた。それはこの島に住む全ての生命、例え一匹の熱帯魚であっても心が痛むからだ。

「遅いよ。何してたの?」

ぼんやり歩いているといつの間にやら海岸に戻ってきていたようだ。マユミの声をかけられるまで気付かなかった。