下書き広場

デジカメ片手に店員さんに熱心に質問をし「むむむ」と唸っているむーみんを横目にモリタスは手持ち無沙汰にきょろきょろしている。電気屋さんをはしごすること4軒目だ。もうさすがに飽きてきた。むーみんは尚も店員さんに熱く疑問を投げかけ続けている。「新型掃除機くん、君はどう新型なんだい?」となんの興味も無い家電製品に話し掛けだしたモリタスの腕をぐいっと掴み、「さあ、今度はあっちの電気屋さんに行くよ」と5軒目に連行する。モリタスはその大きな体すら何の抵抗にもならない様子で成されるがままだ。

デジカメが欲しいと突然言い出したむーみんに秋葉原をお薦めしたのがそもそもの間違いだったとモリタスは昨夜の電話を思い出していた。モリタス自身いわゆる“オタク”と呼ばれる人種では無かったが(ここで言うオタクは「アニメオタク」や「アイドルオタク」を指す)、だからこそ秋葉原は手軽に非日常、異国文化といってしまってもいいかもしれないものに接触できるという点でこの街は嫌いではなかった。嫌いではないが、だからといってディープに知っているわけではなく、「電気屋さん」「メイド」「萌え」といった極浅い地点での断片的なフレーズから連想される“匂い”を嗅ぎにきているに過ぎない。そんな心持ちで来る場所ではなかったというのが今のモリタスの正直な心境であった。
JR秋葉原駅を降りた瞬間に飛び込んでくるのは、悉くメイド服を着ているティッシュ配りの集団だったり、この真冬の休日に制服のブラウス一枚にミニスカートでマイクを持って歌い踊る人だったり、頭に鉢巻をしたそれ何てストリートファイター?な人だったりで、それが思いのほかむーみんの好奇心を刺激したらしく、急激にテンションが上がった彼女はいつもでは考えられないくらいのアグレッシブさでどんどん秋葉原の街を歩き回っていく。「これじゃあボク付いてこなくてもよかったんじゃ…」などと思いつつモリタスは引き摺られつづけるのであった。

「ねえ、アレ!」

と突然むーみんは立ち止まりモリタスに目配せをした。そこには液晶に太鼓が2つついた筐体がゲームセンターの店頭に設置されている。『太鼓の超人』という若者に人気のアーケードゲームで、遊び方は音楽に合わせて液晶に表示されるリズムに合わせて付属のバチで太鼓を叩くというもの。楽しそうだが、…なかなかに恥ずかしそうでもある。しかし「やってみない?」と有り得ないことを言い出す今のノリノリのむーみんを止める術はモリタスには無かった。

二人でそれぞれバチを持ち、太鼓に向かい合う。200円を投入。

「ねえ、難易度はどのくらいがいいの?」

「しらないけど、『ふつう』でいいんじゃない?」

「曲はどれにする?」

「なんでもいいよ」

モリタスはむーみんの問いかけよりも通行人の視線が気になるらしく、心の中で「ボク上手くないんです!ごめんなさい!」と何故か謝罪を繰り返しており、曖昧な返事ばかり。そうこうしているうちに曲が決まったようだ。

「よーし、いくよー」

とむーみんが気合いを入れると筐体からは軽快なマーチが流れてくる。これはっ…、パンが主人公というトチ狂った某人気幼児アニメの主題歌だ!

『そ・お・だ!』

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

二人は軽快に太鼓を叩いていく。

「思ったより簡単だね」

ドンッ!コンッ!ドンッ!

「いけそうだね」

ドンッ!ドドドドドンッ!

と余裕を見せていたのは最初だけ、どんどんサビに近づくにつれ難易度のあがるマーチに徐々にミスを連発しだす。

「あれ?」

ドンッ!ドドドンッ!

「あっ、間違えた!」

ッド!ドンッ!コンココンッ!

二人の奮闘虚しく曲が終り液晶に表示されたのは「FAILED」の文字。「あーあ」とむーみんががっかりし、未練のある表情で筐体を見つめている。

「もう一回いい?」